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鳥取地方裁判所 昭和44年(わ)87号 判決 1972年7月29日

被告人 大塩令二

昭三七・二・二生 医師

主文

被告人は無罪。

理由

第一、本件公訴事実及び争点について

一、本件公訴事実は「被告人は、保険医療機関の指定を受けているものであるが、昭和四三年二月七日ごろ、政府管掌健康保険組合組合員出脇万寿美に対する診療報酬請求をするに際し、同人に対して肝臓機能検査方法であるセフアリン・コレステロール綿状反応(以下C、C、Fと略称する。)、グロス反応(以下グロスと略称する。)、チモール混濁反応(以下T、T、Tと略称する。)を行つていないのに、右検査各一回(診療点数合計五六・二点)を行つたように記載した診療報酬請求明細書を鳥取県社会保険診療報酬支払基金事務所に提出して右検査料五六二円を請求し、右同基金審査委員会などをして右請求書記載の内容が真正なものであり、そのとおり検査が行なわれたものと誤信せしめ、因つて同年四月二三日ごろ、右同事務所を介し、社会保険診療報酬支払基金から右架空検査に対する診療費名下に五六二円をその取引銀行を通じ、山陰合同銀行鳥取支店の自己預金口座に入金せしめてもつて騙取したほか、別紙犯罪一覧表記載(略)のとおり、昭和四〇年二月七日ごろから同四三年一〇月七日ごろまで前後八一回にわたり、伊木登志雄ほか三九名に対し、同表架空診療欄記載のように各診療検査をしたように記載した診療報酬請求明細書を前記事務所に提出して、右同様手段により右審査委員会などを欺罔し、いずれも同表受領年月日欄の各日時ごろ、伊木登志雄外三九名に対する診療費名下に合計四八、四六七円を右同様手続により山陰合同銀行鳥取支店の自己預金口座に入金せしめてもつて騙取したものである」というにある。

二、(証拠略)によれば、本件公訴事実中被告人が右事実にそう肝機能等の検査及び診察(右両者を含めて検査と略称する)を実施しなかつた事実及び被告人が鳥取県社会保険診療報酬支払基金事務所(以下基金と略称する)から診療報酬名下に金員を騙取する犯意があつた事実を除くその余の事実及び次に述べる被告人が日赤に委託した肝機能等の検査について双方の検査料等の報酬二重請求事実を認めることができる。

すなわち、被告人は、本件当時看護婦及び事務員を二―三名とともに診療に当つていたものであるが、通常その手続は、まず事務員は、初診の患者から保険証の呈示を受けると、カルテにその記号番号、住所、氏名等所要事項を記入し、或は再診の患者の場合は従前のカルテを抽き出して診察室に廻し、被告人は患者の診断、治療を行ないその場で症状、治療、検査ことに肝機能に障害があると或はその疑いがあると判断した場合には右カルテに肝機能検査項目を記入し、看護婦に口頭で右検査のため採血するよう指示し、看護婦は、注射器で患者の腕等の静脈から血液を採取していた。事務員は、被告人から右カルテを受取り、その記載に基き保険の点数を計算してそれをカルテに記入し、その治療費など徴収したり、さらに採血された患者がいる場合は患者名等を記入したレツテルを作成し、看護婦は採取した血液を入れ替えた試験管に右レツテルを貼付し、さらにこれに被告人の名刺(表に日赤第一内科部長宛とし、裏に患者名、保険証番号等を記入したもの)を添えてその都度事務員あるいは日本海薬品株式会社外交員鈴木八郎をして日赤第一内科へ持参させていた。右第一内科においては右名刺の記載に基づきカルテを作成し、検査室においてこれを検査し、検査伝票にその結果を記入し、第一内科は送られた検査結果報告書をカルテに貼付し、レセフトを作成して基金に検査料等の報酬を請求し、その支払いを受けていた。他方、被告人は事務員に電話で日赤検査室に検査結果を問合わせてこれを聴取し、自身で或は事務員に命じて結果をカルテに記入することとしていた。そして事務員はカルテに基き一月毎にレセフトを作成したうえ、公訴事実記載のとおりの方法で検査料等の報酬を請求し、その支払いを受けていたものであるが、本件公訴事実に係る検査については被告人だけがその報酬を請求してこれを受領していたものである。

三、(1) 被告人が肝機能等の検査をしなかつた証拠として、被診療者の当裁判所又は検察官に対する供述証拠のほか、右認定のとおり、被告人と日赤は同一肝機能等の検査につき常に報酬を二重に請求していたものであるが、本件公訴に係る検査についてはいずれも被告人だけがその報酬を請求していたものであり、したがつて被告人作成の本件カルテ四一通に肝機能等の検査の記載は虚偽の記載であつて、被告人は真実はその検査をせず且つその報酬を詐取する犯意があつたのではないかとの疑は一応否定できない。

(2) ところで、被告人だけの報酬一重請求は、このほかに同一検査につき被告人と日赤がことさらに(意を通じた場合も含む)若しくは偶然に、又ことさらと偶然の相互間にいずれもその報酬を請求しなかつた場合にも生ずるが、これを認める証拠はないので、結局被告人と日赤が同一検査につき常にその報酬を請求していた場合だけが本件の被告人の一重請求の生ずる事由と考えられる。

(3) 他方、被告人が肝機能等の検査をした証拠としては、被告人及び看護婦等従業員の当裁判所に対する供述証拠と被告人作成の本件カルテがあり、そのほか右検察官主張の報酬請求に関する被告人と日赤との相関関係を覆す事実として、被告人が実施した検査につき、被告人か日赤かがことさらに又は偶然にその報酬請求をしなかつたことがあるが、被告人がことさらに検査料の報酬を請求しなかつた証拠はないので、結局それ以外の場合が本件では問題となる。

(4) そこで、被診療者、被告人等の供述証拠及び被告人作成の本件カルテの信用性並びに被告人及び日赤の肝機能等の報酬請求手続の正確性について、つづいて被告人が検査料等の報酬を詐取する犯意があつたか否かについて順次検討する。

第二、被診療者等の供述証拠の信用性について

一、(1) 本件においては、被告人作成の本件カルテの信用性並びに被告人及び日赤の検査料等の報酬請求手続についての正確性は、被告人の検査料等の報酬一重請求に係るすべての患者にとつて共通の証拠であるから、検察官は本件公訴に当り患者の採血についての記憶の正確性を基準として起訴不起訴を決したのではないかと推測される。

(2) 本件で争となつている採血は、一般人にとつては特異な体験であるとはいえ、記憶はいかなる事象に対するものであつても正確なものではないし、時間の経過にしたがつて忘却の度を深めるものであることはあきらかである。

(3) (証拠略)によれば、被告人は、肝機能等の検査を要すると診断した場合看護婦に対し採血を指示するだけで被診察者にはこれを告げていないこと(もつとも看護婦において告げている)、しかも、静脈注射と採血が同時に指示された場合には、看護婦は、被診察者の苦痛を軽減するため、先ず腕(時には他の部分のこともある)の静脈に注射し(被告人作成の本件カルテ及びレセフトによれば本件公訴事実中吉田登志子に対する検査のほか一二の検査についてのみ同時に静脈注射がなされていないことが認められる。)ついで注射筒を取りはずすが、注射針は抜かないまま、これに他の注射筒を結合させたうえ三-五cc採血していたことが認められ、他方、前掲被診察者の供述証拠によれば、被診察者の多くは注射又は採血を注視しないでいることから見れば、被診察者は採血されていても静脈注射だけをうけたと誤認する余地が多分に存したというべきである。

(4) 第一、三、(1)に掲げる土井辰雄外一五名の検察官に対する各供述調書は、昭和四四年一月にいずれも作成されたものであり、出脇万寿美外四〇名の当公判廷における証人尋問は、さらに一年余り後である同四五年三月二七日から同四六年三月一九日までの間に実施されたものであつて、古い公訴事実については四五年の期間を経過して検察官又は裁判所の取調べをうけたものもあり、採血の有無についての記憶につき忘却の程度が高いであろうことは容易に推認しうるところである。

(5) 押収中の日赤作成に係る山根小夜子のカルテ(同号の37)及び湧本美千子のカルテ写二通(同号の19の1、2)、鳥取市立病院作成に係る徳田こと岩崎和恵のカルテ(同号の39)並びに大森生協病院作成に係る湯口博憲のカルテ(同号の20)と同人等の当公判廷における各証言及び証人尋問調書とを対比すると、(イ)山根は日赤で昭和四三年九月六日と同年一〇月二日に採血されたとのカルテの記載があるにかかわらず、一回採血されたに過ぎないと、(ロ)岩崎は鳥取市立病院で、湯口は大森生協病院でいずれも同四三年七月九日に採血された旨のカルテの記載があるにかかわらず、いずれもその記憶がないと、(ハ)湧本は日赤で同四五年七月二一日から同四六年一月二三日までの間六回採血されたとのカルテの記載があるのに、これを二-三回に過ぎないと供述していることが認められる。

(6) 第三、二、で認定のように、被告人作成の本件カルテには肝機能の検査を行つた旨の記載のほかその検査結果をも記載されているものがあり、その信用性は高く、したがつて採血された蓋然性も多いと解されるところ、本件公訴に係る採血及びその前後における採血につき山田顕児(同号の18の16)、小島みち子(同号の18の23)、谷口満(同号の18の25)、井上哲也(同号の18の32)及び湧本美千子(同号の18の40)の被告人作成に係るカルテの記載と同人等の前示各証言及び証人尋問調書を対比するに、カルテには採血の記載があるのに、いずれも記憶がないと供述し、また同様の採血につき左坐夏恵(同号の18の11)、有本睦郎(同号の18の33)、前田克美(同号の18の34)及び有田国雄の同様のカルテの記載と同人等の証言及び証人尋問調書と対比するに、カルテには採血結果の記載があるのに、いずれも明確に記憶していないと供述している。

(7) 証人小松邦夫の当公判廷における供述によれば、同人が経営する病院では、被告人と殆ど同じ状態で肝機能検査等のため採血をしているが、同病院に入院又は通院中の患者に施した採血の記憶状況を調査したところによれば次の表に示す通りであつて、これも本件被診察者の供述証拠の信用性の判断に参考となるであろう。

○ 証人方のカルテに昭和四六年八月中に採血されたことがある旨の記載のある入院患者一四人に対し証人が同年九月二日、三日にかけて調査した結果

正解五人

誤り九人

患者の回答

カルテの記載

採血されたことがない 二人

一回採血されたかも知れない 一人

一回採血されたことがある 一人

二回 〃 三人

三回 〃 一人

一、二回 〃 一人

いずれも一回採血

二回採血

四回採血

いずれも三回採血

四回採血

〇回

○ 証人方のカルテに昭和四六年のカルテに採血されたことがある旨の記載のある外来患者一二人に対し証人が同年九月三日調査した結果

正解四人

誤り八人

患者の回答

カルテの記載

採血されたことがない 四人

(但しその内一人はヒントを与えることにより採られたですな、と答えた)

一回採血されたことがある 三人

入院期間中二回採血されたことがある 一人

一回二人、二回二人

二回一人、三回二人

五回

二、被告人は当公判廷における供述については被診療者の供述と同様年月を経ており、多数の患者に接しているため、捜査官から名前を聞いて顔を思い出す患者は少数であつたと供述していながら、被診療者に対する肝機能等の検査、病歴、症状等については詳細、且つ明瞭に供述しているところ、カルテを見て記憶が喚起された部分もあろうが、カルテの記載を自己の記憶として供述している節が認められ必ずしも信用できない。

しかしながら、被告人及び看護婦の診療手続に関する部分の供述は全体的、継続的事象に対するものであるからほぼこれを信頼しても誤りはないものと認められる。

三、以上認定のとおり、被診療者が採血されていないとか採血されたか否か記憶が明確でないと供述していても、又は被告人が被診療者から採血したと供述していても、記憶に残る特別の事情の存しない限り、右供述から直ちに採血の有無を断定できない。

第三、被告人作成の本件カルテの信用性及び被告人の報酬請求手続の正確性について

一、カルテは、医師の診療業務遂行上の患者の診療に関する事項を診療後遅滞なく規則正しく順序を追つて継続的に作成された書面であつて、虚偽の介入する虞が少く、一般に正確に真実が記載されるものと考えられ、刑事訴訟法第三二三条第二項により無条件で証拠能力が認められている。したがつて、カルテの記載が虚偽であるとして排斥するためにはことさらに虚偽の記入をしたとか記載の病歴、症状等に対し医学上ありえないとか不適当と認められる治療、検査がなされているような特別の事情が存する場合に限られるべきである。

二、(1) 被告人作成の本件カルテ中には肝機能等の検査のみならず、その結果まで記載されているものがあるのでこれを見るに、土井辰雄のカルテ(同号の18の4、以下氏名のみを表示する)には八例の肝機能の検査中四例、(以下略)にそれぞれ検査結果の記載が存する。なお被告人作成に係る河合峰子のカルテ(同号の48)にも一例中一例検査結果の記載が見られる。

(2) 右のうち、いずれも、本件公訴事実には含まれていないが、猪原正の昭和四一年六月一日、小島みち子の同年七月二二日、有田国雄の同年一二月一二日、藤井博の同年一〇月七日、谷口満の同月一五日、河合峰子の同四二年九月一日の例については、押収に係る日赤作成昭和四一、四二年度分のカルテ(同号の29、30)に貼付の結果報告書に同一内容の結果が記載してあることが認められ、被告人作成のカルテに記載してある検査結果は右五例の検査は真実なされたものと認められ、他の例もカルテの性質、後記認定の諸事情を併せ考えると真実である蓋然性が強いというべきである。

三、(1) つぎの肝機能検査等の記載のない検査について検討するに、これには検査結果の記載が検査の一部にある土井辰雄外一二名とこれが全くない出脇万寿美外二四名とに分けられる。しかして前者の中でも検査数中結果記載のある分の占める割合が多い程、結果の記載のない検査も真実これを実施した蓋然性が強まる。検査結果の内容、病歴、症状によつても異るが結果内容から肝機能の障害があるか疑いのある場合は、その前後の時期においても同様の症状を呈していたのではないかと思われ、その前後の検査を実施する必要性があつたと認められるからである。

(2) 肝機能等の検査部分を除いたその余の病歴、症状及び治療部分の記載は被告人の当公判廷の供述及び各被診療者の供述証拠によれば前判示の方法で診療後遅滞なく規則正しく順序を追つて継続的に記載されているし、その内容についても多くの被診療者は当裁判所に対しそれに近い供述をしている点及び病歴、症状から見れば肝機能検査を必要とする場合に該当していることを併せ考えると信用に価するものと考えられる。

(3) 被告人、証人桑本叔子、前田佐世子及び山崎美子は、被告人の肝機能検査の一連の手続の間に同人等の過誤によつて検査が委託されなかつたり、結果が聴取されなかつたことはないと供述するが、本件当時被告人及びその従業員は一日八〇名ないし一三〇名を狭い診察室で診療していて多忙を極め、その診療手続、殊に日赤から検査結果を聴取する方法が、患者が再診のため来院した際事務員がカルテを抽出する際記憶又はカルテの記載により、又は被告人の指示によつて電話で聴取していたことが認められ、若し検査をした患者が再び来院しない場合には結果は決して記載されることはないなど甚だ不正確な便宜的方法というべく、その間に過誤がなかつたものとまでは認め難い。

(4) 被告人は、当公判廷において被告人が検査結果の報告を聞いた際、その内容によつて何等肝機能等の障害のない場合、再検査をした結果内容が従前と変らない場合などには自己の判断で記載せずこれを要すると判断した場合にのみ自己又は事務員に命じて記載していると供述しているが、これは、証人安倍喬樹の証言をまつまでもなく診療上著しく不適切な処置というべきではあるが、以上認定の諸事情と検査結果の記載のあるものとないものとある状況及び以下認定の諸事情を併せ考えると信用に価するものというべきである。

第四、日赤の肝機能等の検査受託手続及び報酬請求手続等の正確性について

一、(1) 日赤における被告人から肝機能等の受託検査及びその報酬請求手続については前判示のとおりであり、証人石原貞雄の当公判廷における供述によれば、日赤は鳥取市内においては最大規模の病院で、その管理体制が整備されていることは肯認できるが、(証拠略)によれば、昭和四三年一〇月頃被告人と日赤間における肝機能等の検査料等の二重請求事件及び本件が発覚するまでは、日赤が外部から受託した検査の取扱いについては管理者によつて定められた手続はなかつたこと、被告人は昭和二五年三月米子医学専門学校を卒業すると同時にインターンとして日赤にはいり、翌二六年三月第一内科へ医師として勤務し、同三八年一二月三日退職し、同三九年五月二八日開業をしたものであつて、かかる関係があつたため、開業後間もなく日赤第一内科の医師の承諾を得て検査を委託するようになつたが、好意的になされていたため被告人からの委託検査料は勿論、日赤も基金に対し検査料の報酬を請求しなかつたこと、しかしながら、同四〇年一月頃(日赤のカルテによれば最も古いもので同年一月二三日付のものがある)から内科、検査室、医師課の話合いによつて前判示のような受託検査及びその報酬手続をとるようになつたが、カルテ等の記載は専ら事務員等に委せられていたため、右手続に好意的取扱いの影響があつたことは、被告人が開業間もないことを考慮に容れても、同年度カルテ六九通中一月から四月までの分が三通である事実によつても明らかである。しかも、三者の話合いとはいえ、管理者の監督もなかつたため受託検査手続及び報酬請求手続がルーズに流れていたことは、以下の認定をまつまでもなく容易に推認しうるところである。

(2) 押収に係る日赤作成の昭和四三年度分カルテ(同号の31)と司法警察員岡崎友光作成の昭和四三年一二月二五日付捜査報告書に記載の検査委託申込状況とを対照すると次のような関係が認められる。

(イ)  被告人から日赤に検査委託の申込みがなされているのに、日赤カルテにこれに見合う検査報告書がなく、したがつて当該患者について日赤側にカルテ及び検査報告書がないものに沢磯治(岡崎報告書別表記載の総番号数字25(以下略)、谷源林(〃136)、渡辺英一(〃173)、田中正富(〃229)及び鷲原勉(〃303)の五名が

(ロ)  当該患者の日赤側のカルテに検査申込書に相当する検査報告書の貼付がないものに木村俊夫(〃116)、田中貢(〃176)及び宅和誠男(〃202)の三名が

(ハ)  被告人から検査委託の申込みがないのに、日赤に被告人から委託があつたものとして検査報告書があり、したがつて、当該患者について日赤においてカルテが作られこれに検査報告書が貼付されているものに宮本鶴子(カルテ番号20)が

(ニ)  当該患者の日赤のカルテに貼付されている検査報告書に相当する被告人方からの申込みのないものに中田武(〃81貼付の10/7コバルト高田検査)、中本岩男(〃211貼付の6/3、8/16、10/24のCCF等検査)、浜田浪子(〃214貼付の4/19のCCF等検査)の三名がそれぞれあり、

結局、申込書がありながらこれに見合う検査報告書のないもの八人、一四件、逆に申込書がないのに報告書のあるもの四人、六件あることが認められる。

(3) 日赤第一内科事務員湯谷さよ子は、昭和四二年五月頃、被告人らから受託した検査の報酬請求に疑問をもち、同月から一〇月までの間カルテ等は従来通り作成したが、レセフトを作成しなかつたところ、その後上司の命により八月から一〇月までのレセフトを作成して報酬を請求したので結局同年四月から六月までの検査にかかる同年五月から七月までの分のレセフトは作成は勿論、報酬の請求もしなかつたことは同女の検察官に対する供述調書により明らかである。

(4) 証人石原貞雄の当公判廷における供述及び押収に係る鳥取県地方社会保険医療協議会作成の資料写(同号27の1、2)によれば、日赤は、昭和四三年八月頃同年三月以前の検査申込書を三年間の保存義務に反して焼却したことが認められる。

(5)(イ) 山崎満の司法警察員に対する供述調書によれば、日赤が被告人から委託をうけた肝機能等の検査のほかすべての検査に対するレセフトは、昭和四〇年度分六六通、同四一年度分一六一通、同四二年度分一九七通、同四三年一月から九月までの分二七四通合計六九八通あることが認められる。

(ロ) 押収に係る日赤作成の本件カルテ(同号の28乃至31)に貼付された肝機能等の検査結果報告書に基いてレセフトが作成されるので、右報告書の数を調べて見るに(但し、同一患者に対する検査が月に数回あつても、その報酬は一通のレセフトによりなされるので、同月中に数通の報告書があつてもこれを一通として計算する)、昭和四〇年度分五九通(但し報告書の貼付してないカルテ一〇通)、同四一年度分一九〇通(但し報告書の貼付してないカルテ一四通)、同四二年度分四〇〇通(但し報告書の貼付してないカルテ一通、日時の記載してない報告書一通計上せず)、同四三年一月から九月までの分三二七通(日時の記載のない報告書一通、計上せず)、合計九一五通ある。しかして同四二年四月分から七月分までの検査についてはレセフトを作成しなかつたことは前示のとおりであるので、これを検すると右期間中の報告書は八七通あり、これを控除すると八二八通となり、結局日赤はこれとレセフトの現存数との差である一三〇例につきレセフトを作成しなかつた、したがつてその報酬を請求しなかつたことが認められる。

(6) さらに、右検査結果報告書のうち肝機能及び血清コレステロール検査の分について見るに、昭和四〇年度分五五通、同四一年度分一二〇通、同四二年度分三二九通、同四三年一月から九月までの分二四二通、合計七四六通あり、右報告書の貼付してないカルテ中肝機能及び血清コレステロール検査の分は、昭和四〇年度七通、同四一年度分三通、合計一〇通を数えるがこれについてのレセフトの現存数は証拠上調査できない。

二、以上認定したところによれば、日赤の受託検査手続もその報酬請求手続もともに確実になされているものとは認め難く、殊に報酬請求手続については好意的取扱いの影響が強く現われており、被告人も日赤も同一の肝機能及び血清コレステロール検査につき基金に対し二重にその報酬を請求しているという前提には疑問がある。

三、最後に、被告人と日赤との間における報酬二重請求の相関関係に影響を及ぼすものと考えられるのは、捜査の段階において大量のレセフトから被告人及び日赤の肝機能等の検査に関するレセフトが全部抽出され、双方を対比して被告人のみのレセフトが誤りなく選別されたか否かについては、やや杜撰さの見られる本件捜査においてはそれが厳正になされなかつたのではないかとの一抹の不安がある。

第五、まとめ

被告人作成の本件カルテには肝機能等の検査の記載のないものがあること、被診療者の供述証拠中にはその検査のため採血されたことがない又は採血されたか否か明確な記憶がないと供述していること、さらに被告人も日赤も同一検査につき二重に報酬請求しているのに、本件公訴に係る検査については被告人だけが報酬請求をしていることから見れば、本件カルテは通常の医師の作成したカルテに比し正確ではなく、その記載に疑いがあることは否定できないけれども、検査結果の記載ある検査の記載は前示認定事実に照し真実を記載したものと認めて差支えない。

また肝機能等の検査結果記載のない検査の記載は、カルテのその余の病歴、症状、治療、経過欄の記載が治療後直ちに順序正しく継続的に記載され、病歴、症状については一部被診療者の供述証拠と異なるものもあるが、治療についてはほぼこれを認めており、その他診療上不適切な記載も認められないこと、被告人の肝機能等の検査手続、検査結果聴取及びその記載手続に過誤がないとまではいえないが、日赤の検査受託手続に比し遙に厳正になされていること及び被告人の検査料等の報酬請求手続にも過誤がないとはいえないが、検査をした分につき報酬請求をしなかつたとの確証はないのに反し、元来被告人が日赤に勤務していたことから本件以前から日赤は好意的に被告人の受託検査を行つていたものであるが、本件当時はもとより、それ以前も日赤には外部から受託した検査についての管理者の定めた手続はなく、昭和四〇年一月頃日赤内科、検査室等の関係部門の了解のもとに判示の如き受託検査を行い、不法にも二重に検査料等の報酬を請求するようになつたが、その後も好意的取扱いの影響が及んでいたことは否定できず、殊に報酬請求手続に厳正を欠き、日赤の肝機能等の検査料等のレセフト数が作成さるべきレセフト数より少ないことなどから、同一検査に対する被告人と日赤との二重報酬請求という関係が崩れ、本件公訴に係る検査について、被告人が単独でその報酬を請求していることから直ちに検査を行なわなかつたとはいえないこと等を綜合すれば、信用性も高く、したがつて、被告人はカルテ記載どおりの肝機能等の検査をした蓋然性が強く、検査結果の記載のないのは被告人が当公判廷で供述する如く診療上の観点から記載を必要とするもののみを記載したことに主たる原因があると思われるが、検察官の主張に沿う被診療者の供述証拠はその特殊事情を考慮に容れても、各論に述べるように右認定を覆すに足る程度の信用性は認められない。

そうだとすると、被告人が本件公訴事実の肝機能等の検査又は診察をしなかつたとの疑いは否定できないが、合理的疑いをさしはさまない程度に十分立証されたものとまでは認め難い。

第六、各論

前記認定の諸事情を前提として、各被診療者の供述証拠の信用性を中心にして、被告人が被診療者に対し肝機能等の検査又は診療をしたか否かについて検討する。

なお、右認定においては被診療者の供述証拠につき、証言中に供述記載を含めて使用しているので、その別を次に掲げる。

第三回公判調書中証人出脇万寿美及び伊木登志雄の各供述部分、(以下略)

(1)  出脇万寿美の事実

同人についての公訴事実の核心は、昭和四三年二月七日C、C、F、グロス・クンケルのための採血がされていないというにあり、同人は被告人方で採血されたことはない旨断言するうえ、被告人作成に係る同人のカルテ(同号の18の1)には肝機能の検査に結果の記載が見られない。

しかし、右証言を裏付けるメモその他の客観的資料が存しないこと、同人の全身倦怠という主訴からみて肝機能検査のための採血がなされても不自然でないこと、被告人方に数回通院しその都度静脈注射や皮下注射を打つてもらつていたところ、その際に被告人らと冗談を言つたりして終始その注射の状況を確認していたわけではないこと、当患者の肋間神経痛の部位や通院回数等についての記憶が曖昧であること等を考え併せると右証言に同人のカルテの検査についての記載を覆すだけの信馮力を認めることはできない。

(2)  伊木登志雄の事実

同人に関する公訴事実の核心は、昭和四〇年一月二二日、同六月二一日、同七月二三日、同四一年三月一七日の四回にわたり肝機能検査のための採血をしていないというにあり、同人はそのような採血をされた記憶はないと証言しているうえ、被告人作成に係る同人のカルテ(同号の18の2)には、いずれも検査結果の記載は見られない。

しかし、同人は「肝臓が悪いのでなかろうか」との自覚を持つて被告人にその旨訴えたことがあること、右カルテの二枚目表上欄外にこれに符合する右季肋部痛圧迫にて不快感との記入が図と共にあること、その図を示されて説明を受けたことがあること、入江内科医院で肝機能検査のための血液検査をされたことがあること〔入江医院作成カルテ(同号の36)〕肝炎または肝障害という診断書をもらつたことがあること、肝臓の薬を入れておくからと言われた記憶があること等に徴すれば、被告人が同人に肝機能検査のための血液採取をしても当然であると認められるうえ、同人が被告人方に通院中の心電図または静脈注射の回数についての記憶が不確実であること、証言の後段では採血の有無につき「確実なことは申し上げられない」と供述していること、同四〇年一月二二日の検査については、日赤の報酬請求につき好意的取扱いの影響が強かつた時期にあたること等を考え併せると同人の証言に右カルテの各検査の記載を覆すだけの信馮力を認めることはできない。

(3)  亀井好彦の事実

同人に関する公訴事実の核心は、昭和四三年六月一七日に被告人方で診療を受けたことがなく、従つて肝機能検査のための採血や注射などされていないというにあり、同人は、その旨証言するうえ、被告人作成に係る同人のカルテ(同号の18の3)には、検査結果の記載はない。

しかし、被告人は同人を見たことがあるといい、同人も被告人方医院ではないが被告人を見たことがあるかも知れない旨及び同人を被告人方へ連れて行つても被告人方へ行つたことを思い出すということはないとは断言できない旨証言していること、同人は同僚の米田宣彦に薬の入手を依頼した時は単に胃が悪いと言つたにすぎないのに肝臓薬および便秘緩和剤等の薬を投与されていることならびに患者福山繁雄が被告人方で診察を受けずに自己の妻を通じて薬を入手しようとしたことがあつたが、被告人は患者を診察しないで投薬することはできないと言つてこれを拒否したこと(証人福山繁雄の当公判廷における供述)に徴すれば、被告人は同人を診察のうえ投薬したと認めるのが相当であることと同人の顔色を見れば即座に胃と肝臓が悪いことを看取できると被告人は供述していること等を考え併せると、同人の証言に同人の右カルテの検査の記載を覆すだけの信馮力を認めることはできない。

(4)  土井辰雄の事実

当人に関する公訴事実の核心は、昭和四二年一月五日、同三月一三日、同六月三日、同一一月二一日、同四三年三月一一日、同五月二日の六回に亘り肝機能検査のための採血をしていないというにあり、同人は当公判廷で採血されたことはあるが何回位か覚えない旨供述する。もつとも同人は検察官に対し「肝臓を検査すると被告人に告げられて血を採られたのはあとにも先にも昭和四三年一一月が一回きりであり」「従つて昭和四二年一月、三月、六月、一一月、昭和四三年三月、五月に検査を受けた記憶はない」と供述している。

しかし、右調書の記載は、被告人から事前に採血すると告げられて採血された記憶が右の一回限りであるというのであつて、およそ採血されたのが一回きりだと言つている訳ではない。被告人は、昭和四三年一一月本件捜査を受ける以前は採血の際看護婦にこれを命ずるのみで看護婦は採血するとは特に断らなかつたのであるから、右の一回だけが同人の記憶に残つたものと認められるのである。従つて右調書をもつて公訴事実記載の六回の日時に採血されなかつたものとすることはできない。のみならず同人のカルテによれば、被告人作成に係る同人のカルテ(同号の18の4)は慢性肝炎の記載があり、その治療をうけている記載があるほか同人は右六回の外昭和四二年二月六日、同八月三日、同九月九日の三回採血されたことが記載されており、これらの内昭和四二年八月三日は被告人方事務員山崎美子により、昭和四二年二月六日、同九月九日は被告人により、検査結果の記載があり、公訴事実中の昭和四二年六月三日も同様結果の記載があり、これらの検査結果の記載が信用に価するものであることは前判示のとおりであるから、右結果の記載のある四回分は、被告人において真正に採血を行つたというべく、したがつてその前後においても肝機能の検査の必要があつたと推認される。さらに、同人は、注射の時は目をそらせるのを常とすること、昭和四四年五月ごろ交通事故にあつて以来特に記憶力が弱くなつたことを考え併せると同人の証言及び右供述記載でもつて右カルテの右検査の記載を覆すことはできないというべきである。

(5)  吉田登志子の事実

同人についての公訴事実の核心は、昭和四三年二月一〇日に血清コレステロールのための採血がなされていないというのであり、同人は、その旨証言し、被告人作成に係る同人のカルテ(同号の18の5)には検査結果の記載はない。

しかしながら、同人は、当時被告人方に出向き診察を受け血圧を測られるなどして動脈硬化症という診断書を貰つた事実のあることを証言しているところ、右診断を下すにあたつて血清コレステロール検査を施すのは当然必要であること、その採血量も少量で患者の記憶に留まらないことがあり得ること、さらに同人は診断書の用途目的も自発的に思い出せなかつたこと、本件について検察庁に出頭して取調べを受けたか否かについても記憶が曖昧であること、しかも当六五年の老令であることを考え併せると、同患者の証言をもつてしても昭和四三年二月一〇日に血清コレステロール検査をしたとのカルテの記載を覆すことはできないというべきである。

(6)  河合峰子の事実

同人についての公訴事実の核心は、昭和四三年五月一一日肝機能検査のための採血をしていないというにあり、同人は当公判廷で記憶がはつきりしない、二回位採血されたことがあつたかも知れない、とか、長いこと被告人方に通院していないので回数はわからない等と証言しているが、同人の昭和四四年一月一三日付検察官調書で、同人は、被告人方で血を採られ肝臓の検査を受けた記憶はないという供述が録取されているうえ、被告人作成に係る同人のカルテ(同号の18の6)には右検査結果の記載はない。

しかし、被告人作成に係る同人のカルテ(同号の48)によれば、同人は本件以前である昭和四二年九月一日に被告人方で肝機能検査のための採血を行い、その結果を示す数値が山崎美子により記入されており、同人についての日赤作成に係る同年度分カルテ(同号の30)中同人のカルテには、その翌日たる昭和四二年九月二日に被告人から検査を委託された血液につきC、C、F、グロス・クンケルの検査を行ない、その結果が「肝膵其他正」と題する紙片に記入されて右カルテに貼付されているが、その数値は被告人作成のカルテ(同号の48)の数値と一致していることからみて昭和四二年九月一日に被告人方で採血されたことは疑うべくもないところ、被告人方で採血されたことはないとの検察官に対する供述調書は、その点からして措信できない。

(7)  岡本彪の事実

同人に関する公訴事実の核心は、昭和四三年六月七日に肝機能検査のための採血をしていないというにあり、同人はその点につきはつきり覚えていないけれど、どちらかと言えば採血された記憶がないという方が強い旨証言しているうえ、被告人作成に係る同人のカルテ(同号の18の7)にも、右検査結果の記載は見られない。

しかし、同人はカルテに採血した旨の記載があればそうかも知れないとも当公判廷で供述していること、同人の検察官調書では被告人に対し「肝臓が悪いのではないだろうか」と尋ねた旨の記載があり、同人は翌四四年春、他の病院で入院治療を受け再々採血を受けた旨証言することを考え併すと、被告人方医院へ通院していた当時においても肝障害のため肝機能検査のための採血をしたとしても不自然でないこと、等を考え併すと同人の証言や検察官調書にカルテの検査の記載を覆すほどの信憑力を認めることはできない。

(8)  港寿明の事実

同人についての公訴事実の核心は昭和四三年七月八日に肝機能検査のための採血をしていないというにあり、同人は被告人方で昭和四二年中に少なくとも二回採血されたことがあり昭和四三年には腹痛のため被告人方に行つたことはあるが採血されたかどうかはっきりせず採血されていないという記憶の方が強い旨証言し、被告人作成に係る同人のカルテ(同号の18の8)にも右検査結果の記載はない。

しかし、同人のカルテには昭和四二年五月二〇日と同四三年七月八日の二回に肝機能検査が行なわれたこと及び同人の腹痛はその後の昭和四三年八月九日であることが記載されていること、同四三年七月八日は疲れが見えるとして同人の友人に勧められて被告人方の診療を受けたこと(証人芳尾圭祐の当公判廷における供述)を考え併せると同患者の記憶の混同があるものと認められる。

また、同人の検査官に対し初診は昭和四一年ごろで同年に一回採血された旨の供述しているが、前記カルテによれば初診は昭和四二年二月一日であるから、右調書も信用できない。

従つて同人の証言あるいは検察官調書に右カルテの検査の記載を覆すだけの信憑力を認めることはできない。

(9)  阿部こと山崎怜子の事実

同人に関する公訴事実の核心は、昭和四三年七月一日に肝機能検査のための採血をしていないというにあり、同人はその採血につき記憶がない旨証言しているうえ、被告人作成に係る同人のカルテ(同号の18の9)にも検査結果の記載はない。

しかし、同人の証言によれば、同人は右日時に身体がだるかつたので被告人方で診療を受けたこと、同人は被告人方に行く度にいい様のない位のだるさを訴えたが、被告人からこれ位の肝臓の悪さではそんなに訴える程のだるさは来ない筈だ、他に原因があると言われたことからみて同人に肝機能検査のため採血をすることが当然必要だし、また、しなければそのようなことは言えないと思われる。従つて同人の証言は右カルテの検査記載を覆すだけの信憑力を認めることはできない。

(10)  米村泰年の事実

同人についての公訴事実の核心は昭和四三年八月二七日に肝機能検査のための採血を行つていないというにあり、同人は当公判廷でそのような採血をされたようでもありないようでもあり、はつきりしない旨くり返し供述しているうえ、同人は検察官に対し採血されていない旨供述しているが、同人の証言によれば警察の捜査段階から右の点についての記憶が曖昧であつたが、警察に採血されていないとの記録がある旨言われたので、それならそうでしょうと答えたところ、採血されていない旨の警察官に対する供述調書が作成され、検察官にも同様述べているが、警察の調書では、採血されていないと記載されているということから検察官と押問答となり、結局根負けした形で警察と同じような検察官に対する供述調書が作成されたことが明らかになつている。

また、同人は酒をよく飲み肝臓が弱つていることについての自覚があり、被告人から「過労から肝臓が悪くなつている。」と聞かされた記憶があり、肝臓がふれるということでカルテ(同号18の10)に図を書いて説明されたことがある。(右カルテ第一頁左欄にそれと思われる図が書いてある。)と証言するのであるから、同人に対して肝機能検査のための採血をするのが自然と思われる。

従つて、同人の証言や検察官に対する供述調書によつて右カルテの検査の記載を覆すことはできない。

(11)  左坐夏恵の事実

同人についての公訴事実の核心は昭和四二年五月一二日に肝機能検査のための採血をしていないというにあり、同人は「よく覚えていないが採られなかつたように思う。」と証言している。

しかし、同人は一回被告人の診察を受けたことがあり、その時肝臓が悪いという自覚があつてその旨を被告人に訴え、被告人から「よく疲れていらつしゃるようです。」「肝臓がちょっと弱つている。」と言われたことは記憶しているが、肝機能検査をしてやると言われたかどうかは覚えていないと供述し、既往症として昭和二八年ごろ胆のう摘出をし、昭和四二年一月出産したことなどを被告人に述べた旨証言し、これらは同人のカルテ(同号の18の11)の記載に符号する。また、その日同人は血圧を測られたことを覚えていないというが、その測定数値がカルテに記入され、肝機能検査の一つである高田コバルトを施行したこと、ならびにその検査結果の数値が被告人方事務員山崎美子の手で記入されている(同人の当裁判所に対する証人尋問調書)。しかもこれらのカルテの記載の信用性の高いことは前判示のとおりであり、病状等に照らし右検査を行つたことが何ら不自然な点はないことは証人松本正威の証言からも裏付けられる。

同人の証言に右カルテの検査の記載を覆すだけの信憑力を認めることはできない。

(12)  山根小夜子の事実

同人についての公訴事実の核心は昭和四三年三月一四日に肝機能検査のための採血がなされていないというのであり、同人はその旨証言し、被告人作成に係る同人のカルテ(同号の18の12)にも右検査結果の記載は見られない。

しかし、同人はその当時やせており、被告人から肝臓が悪いと言われたことがあつたかもしれないと証言し、さらに同年中に日赤で肝臓の治療を受け、その検査のため一度採血されたと証言するが、日赤作成に係る同人のカルテ(同号の37)によれば昭和四三年九月六日と同一〇月二日の二回右採血をした旨の記載があるから同人の採血に関する記憶は必ずしも正確でないと言える。また、日赤の右カルテにはその四年前に急性肝炎で一ヶ月入院したとあつて、同人に肝臓障害の既往症のあることも明らかである。従つて同人に公訴事実記載の日時に肝機能検査のための採血をしたとしても不自然ではない。

そうすると、同人の証言に被告人作成の本件カルテの記載を覆すだけの信憑力を認めることはできない。

(13)  有本睦朗の事実

同人についての公訴事実の核心は、昭和四三年七月二四日に肝機能検査のための採血をしていないというにあり、同人は右採血をされたことがあるかないかはつきり思い出せないと証言しているうえ、検察官に対しても被告人方で採血された覚えはないように思う旨供述しているが、同人は右供述当時もはつきり採血されたともされないとも言つた覚えはないと証言しているから右調書の記載はにわかに信用できない。

同人は、被告人から肝臓が悪いと告げられた記憶があることから見て同人に肝機能検査を施すことは自然であり、しかも、被告人の作成にかかる同人のカルテ(同号の18の13)には本件検査については結果の記載がないが昭和四三年四月一七日の肝機能検査結果の記入があり、これが信用に価することは前判示のとおりであつて、その数値も高い点から見ても、治療効果測定等のため約三ヶ月後である公訴事実記載の日時に高田コバルト検査をする必要性も認められるので右カルテの記載を同人の証言や検察官に対する供述調書で覆すことはできない。

(14)  石河絹枝の事実

同人に関する公訴事実の核心は、昭和四二年六月一〇日に肝機能検査のための採血をしていないというにあり、同人はこれにそう証言をし、被告人作成に係る同人のカルテ(同号の18の14)にも右検査結果の記載は認められない。

しかし、右証言は何ら客観的資料に裏付けられたものでないこと、同人が耳鳴りがするため被告人の診療を求め、その後湿疹に悩まされ被告人の治療を引続きうけた事情等の証言は右カルテの記載と一致していること、同人は胃及び肝臓の疾患については同人は強く否定しているが、証人小松邦夫の証言によれば湿疹の際は肝機能の障害の疑いありとしてその検査をする必要性があることが認められること等を考え併せると、同人の証言をもつて右カルテの記載を覆すことはできない。

(15)  伊藤富子の事実

同人に関する公訴事実の核心は、昭和四一年五月二七日に肝機能検査のための採血をしていないというのであるが、同人は採血されたことがあると証言しているが、検察官に対しては採血されたことがない旨供述しているうえ、被告人作成に係る同人のカルテ(同号の18の15)にも右検査結果の記載は見られない。もつとも、同人は警察や検察庁では採血された記憶がない旨供述したが、二度も同じことを聞かれたため何故被告人方に通うようになつたかと記憶をたどつて行き自問自答するうち、採血の場の状況、即ちすわつた位置や、看護婦が器具を消毒している状況、小さい注射器で採血され、その後大きい注射をされたことなどを思い出したが、その旨自発的に申出ることを考えたが気遅れして行けなかつたと証言している。なお、当時も現在も肝臓がよくないからと証言し、右カルテにもこれにそう病名、治療がなされていることから見ても採血検査をうけても当然でもある。

したがつて、検察官に対する供述調書は何ら採血の有無を裏付ける客観的なものは存しないから、これをもつて右カルテの検査の記載の信用性を覆すことはできない。

(16)  山田顕児の事実

同人に関する公訴事実の核心は昭和四一年二月九日から同四二年九月二八日までの間九回に亘り肝機能検査のための採血をしていないというのであり、同人はその旨証言している。

しかし、右検査のうち昭和四一年五月一六日、同五月二一日、同八月一七日、同一一月三〇日、同四二年二月七日の五回は検査結果の数値が記入されており(うち三回は被告人方事務員山崎美子の、他の二回は被告人の筆蹟)、右結果記載が措信しうることは前判示のとおりであり、その前後に検査をすることは診療上当然必要と思われ、少なくとも右部分は採血の事実を否定できないのに、この分までも否定する同証人の証言は不自然で信用できず、本件公訴にかかる採血につき右カルテの検査の記載を否定するに足る力を到底認め難い。

(17)  小島みち子の事実

同人についての公訴事実の核心は昭和四二年六月一四日、同九月九日の二回に肝機能検査のための採血をしていないというにあり、同人は被告人にそのような採血をされたことは全くない旨証言している。

しかし、被告人作成に係る同人のカルテ(同号の18の17)によれば、同人が肝機能検査のための採血をされたのは右の二回の他、昭和四一年七月二二日、同九月一五日、同一一月二日、同四二年七月一七日の四回あり、これら合計六回のうち昭和四二年九月九日、同四一年七月二二日、同四二年七月一七日の分は山崎美子が、昭和四一年九月一五日、同一一月二日の分は被告人がそれぞれ検査結果の数値をカルテに記入してあること(同女の当裁判所に対する証人尋問調書)、日赤作成に係る四一年度分のカルテ(同号の29)には右昭和四一年七月二二日分に相当する検査報告書が添付されていることからみて少なくとも右五回分については被告人において真正に採血したと認めざるを得ない。それにも拘らず、同人は前示のとおりこれを否定する証言をしているうえ、自ら内臓が丈夫であるから肝臓や胃を診てもらつたことはないし、胃のレントゲン写真をとられた記憶もない旨証言するが、同人の右カルテの昭和四一年八月二〇日の欄にバリウム六ツ切二枚とレントゲン撮影を意味する記載があり、これに該当する同人の胃部レントゲン写真(同号の49の1、2)が存在することからみて、当患者の記憶は正確でなく、右カルテの検査の記載を覆すに足る信用性を有するとはいい難い。

(18)  猪原正の事実

同人に対する公訴事実の核心は昭和四一年八月九日、同九月六日、同一一月四日、同一二月一二日までの間四回に亘つて肝機能検査のための採血をしていないというにあり、同人は被告人方に通い始めてから、一週間以内位に一回だけ(昭和四一年六月一一日の分と思われる)採血された記憶がある旨証言する。しかし、被告人作成に係る同人のカルテ(同号の18の18)によれば、前記四回のほか昭和四一年六月一一日、同七月一一日の二回同様の採血検査をされ、これらの検査のうち同六月一一日、同七月一一日、同八月九日、同九月九日、同一一月四日の分に検査結果の記載があり、その記載が信用しうべきことは前判示のとおりであるところ、同人は一回だけと記憶していること、右一回の検査結果についても、当公判廷では別に異常なしと聞いたと証言しているのに、検察官に対しては肝臓が弱つているから、しばらく通院しなさいと言われたと供述して矛盾があること、同人は被告人方に通う六年位前に肝炎を患い他の病院に三年間通い、その間二回位肝機能検査をうけた旨証言するから、被告人方で複数回に亘つて採血検査をしたとしても不自然でないことを考え併せると、同人の記憶は正確とはいい難く、右カルテの検査及び検査結果の記載を覆すだけの信憑力を認めえない。

(19)  橋村末子の事実

同人に関する公訴事実の核心は、昭和四一年七月二八日、同四二年五月三一日、同年一一月三〇日の三回に亘つて肝機能検査のための採血をしてないというにあり、同人は被告人方で一回も採血されたことはない旨証言している。

しかし、同人のカルテ(同号の18の19)によれば、右採血のうち昭和四一年七月二八日の分は山崎美子により、その結果が記入されているから(同女の前掲調書)、少なくともその分は採血の事実は否定できないことは前判示のとおりであり、これに反する同人の記憶は正確とはいい難い。右カルテに記載の症状、治療等から見ても検査は必要と認められ、従つて同人の記憶により、右カルテの検査及び検査結果の記載を覆すことはできない。

(20)  西村太一の事実

同人に関する公訴事実の核心は昭和四一年一二月三一日、同四二年二月二五日の二回に肝機能検査のための採血をしていないというにあり、同人は被告人方で採血された記憶はない旨証言し、被告人作成に係る同人のカルテ(同号の18の20)にも検査結果の記載はない。

ところで、同人は市民病院に入院する前の年の一二月三一日に被告人方で治療をうけた旨証言するが、その市民病院の入院時期が四一年か四二年かについては記憶がはつきりしないこと、市民病院で採血されたが被告人方では採血されてないと証言するが市民病院のカルテ(同号の40の1、2)には採血検査の事実は記載されていないこと、同人は元勤務先鳥取県衛生公社にまつわる業務上横領事件で被疑者として取調べられ(既に有罪判決をうけている。)たことがあるが、警察がその取調べにあたつた時期と平行して本件の詐欺事件の参考人として事情を聴取されたと証言していること等を考え併せると、同患者の証言にはカルテの検査の記載を覆す力を認め難い。

(21)  広岡文男の事実

同人に関する公訴事実の核心は、昭和四二年八月九日に肝機能検査のための採血をしていないというにあり、同人はそのような採血をされた覚えはない旨証言し、被告人作成に係る同人のカルテ(同号の21)にも検査結果の記載は認められない。

しかし、同人の右の採血に関する記憶は「ないような気がする。そういう感じです。」「はつきり(採血されたことが)ありませんという自信はないです。」というのであり、同人は、検察官に対し肝機能検査の採血をされたことはない。と供述しているが、当時もはつきりした記憶がなかつたので、自信のあるいい方はしなかつたと証言していること、を考えれば同人の証言あるいは検察官に対する供述調書で右カルテの検査の記載を覆すことはできない。

(22)  湯口博憲の事実

同人に関する公訴事実の核心は、昭和四二年八月二八日に肝機能検査のための採血をしたことはないというにあり、同人はその旨を証言し、被告人作成に係る同人のカルテ(同号の18の22)にも検査結果の記載は見られない。

同人は右日時に被告人方に、その前は飲みすぎで治療を求め注射と投薬を受けただけであることは覚えており、他の病院でも採血されたことは全くない旨、その後大森生協病院の医師の診察をうけ、肝臓が悪いと告げられたことはあるが、同院でも採血はうけていない旨証言する。しかし、同院作成に係る同人のカルテ(同号の20)によれば、昭和四三年三月一四日モイレングラハト・チモール第七種の肝機能検査をされたことが記載されており、それをしも否定する同患者の証言は信用できず、被告人の右カルテの検査の記載を覆すだけの力を認めることはできない。

(23)  山本信子の事実

同人に関する公訴事実の核心は、昭和四一年八月一三日に肝機能検査のための採血をしていないというにあり、同患者はその旨断定的に証言している。

しかし、同人は右日時に被告人の治療をうけたことは当公判廷で認めており、その治療の際、被告人から肝臓を少し痛めているとの注意を受けたことは同人の検察官に対する供述調書に録取されており、その後に他の病院で肝機能検査のための採血をされたことを証言していること、同人に対し被告人方でその採血を行つたとしても何ら不自然でない。のみならず被告人作成に係る同人のカルテ(同号の18の23)には、右検査の結果が記入されており、その信用性の高いことは前判示のとおりであつて右カルテ記載の検査がなされたことは動かし難いところである。

(24)  福田松子の事実

同人に関する公訴事実の核心は、被告人は昭和四三年九月一六日に肝機能検査のための採血をしていないというにあり、同人はその旨証言し、被告人作成に係る同人のカルテ(同号の18の24)にも検査結果の記載は認められない。

同人は、右日時に被告人方で採血されたことはないし、昭和四四年になつて再び被告人方に通院するようになつても採血されたことはない旨証言するが、被告人作成に係る同人のカルテ(同号の52)によれば、昭和四四年四月一六日に肝機能検査の記載があり、その血液検査を日赤に委託した結果が生化学検査票(同号の53)として送られ来ている動かし難い証拠があり、これをしも否定する同人の記憶は正確ではないというべきで、本件カルテの検査の記載を覆すだけの信用性はない。

(25)  谷口満の事実

同人に関する公訴事実の核心は、昭和四二年四月四日、同年六月二三日、同年九月一四日の三回に肝機能検査のための採血をしていないというにあり、同人は明確でないがそのような採血はされた記憶はないが、被告人方に通院していた初め頃(被告人作成に係る同人のカルテ〔同号の18の25〕によれば昭和四〇年一〇月から同四二年一一月まで)に一回採血された記憶があると証言し、右カルテには右事実については結果の記載はない。そして、同人は諸方の病院で診療をうけ採血されたのは二回や三回ではないが同一の病院で二回採血されたことはない旨証言している。しかし右カルテによれば前記三回の外に昭和四一年一〇月一四日、同年一一月二五日、同年一二月一五日の三回採血された記載があり、その内昭和四一年一〇月一四日、同年一一月二五日の分は検査結果の数値が記入されていることからみて被告人方で少なくとも右二回は採血されたとみざるを得ないことは前判示のとおりであること、米子の大学病院で三、四回採血されたと証言するが同一の病院で二回採血されたことはないとする証言と矛盾すること及び右カルテの症状から見て右の結果の記載ある日時の前後に検査の必要性があることを考えれば、同人の証言をもつて右カルテの検査の記載を覆しえない。

(26)  福山繁雄の事実

同人に関する公訴事実の核心は、昭和四二年三月七日に同人は被告人に診療をうけに行かず、従つて肝機能検査のための採血もされていないというにあるが、同人は当公判廷でその頃被告人方に行き治療をうけたことがあり、採血の点については、はつきりした記憶はないが採血されなかつたとは断言できないと証言している。

もつとも、同人は検察官に対して被告人方に行つたこともなく、その所在さえ知らないと供述しているが、当公判廷では同人が被告人方の近所の小学校に教員として勤務したことがあり、その学区内のことだから、被告人方の所在は承知していたし、検察官に被告人方診療所の所在を知らないとまで述べたことはないこと、また同人は長年ひどい痔疾に悩まされており、被告人方からその薬をもらおうと妻をやつたところが、実際に本人の身体をみないと薬はだせないと被告人から言われたので出張の帰途被告人方に立寄つたことを思い起し、その後検察官から電話のあつた際、その旨伝えたと証言している。

従つて同人の検察官に対する調書や証言で右カルテの検査の記載の信用性を覆しえない。

(27)  山口如慧の事実

同人に関する公訴事実の核心は、昭和四二年九月五日に肝機能検査のための採血をしていないというにあり、同人は体が弱くて多くの医師に通つているので、どこでどんな治療をうけたかということについて確かな記憶がないので、これを採られたかも知れないし採られなかつたかも知れず覚えていない旨証言している。また、被告人作成に係る同人のカルテ(同号の18の27)には右採血検査の結果が被告人により記入されているからその記載には信憑力があることは前判示のとおりである。

(28)  沢田満智子の事実

同人に関する公訴事実の核心は、昭和四三年八月二二日に肝機能検査のための採血をしていないというにあり、同人は昭和四二年に二回採血されたような気がするが昭和四三年にはいつてからは採血されたか否かははつきりしない旨証言している。しかし、被告人作成に係る同人のカルテ(同号の18の28)には右のほか昭和四二年九月二八日、同年一二月六日にも採血されたように記載され、そのいずれも検査結果の数値が記入されている。

従つて、右三回の採血は行なわれたとみるべきことは前判示のとおりであつて、同人の証言によつて右カルテの記載の信用性を覆すことはできない。

(29)  藤井博の事実

同人に関する公訴事実の核心は、昭和四〇年一一月一六日から同四三年五月一一日までの七回に亘つて肝機能検査のための採血をしていないというにあり、同人はその日時ははつきりしないが数回採血をうけたことがあると証言している。被告人作成に係る同人のカルテ(同号の18の29)によれば、同人が被告人方で採血をうけた記載のあるのは、起訴された七回の外に昭和四〇年一〇月一日、同四一年一〇月六日、同年八月一〇日の三回あり、そのうち昭和四〇年一〇月一日、同四一年一〇月六日の分には検査結果が記入されており、日赤の作成に係る二重請求用のカルテ(同号の29の58)には当患者について、昭和四一年一〇月七日に採血検査をしたことが記載されており、昭和四一年一〇月六日被告人方で採血したことが窺われるから、少なくとも結果記載のある右二回分は採血がされたと認めざるを得ないことは前判示のとおりであるし、その前後に肝機能の検査をする必要があることは充分考えられる。同人は、検察官にも採血されたことがあるようにも思うし、ないようにも思うと述べたのに、同人の検察官に対する供述調書では肝機能検査のため採血されたことはないという供述があるのは、この点から信用できないし、同人の証言及び供述記載をもつて右被告人の作成に係るカルテの検査の記載を覆すことはできない。

(30)  徳田こと岩崎和恵の事実

同人に関する公訴事実の核心は、昭和四一年三月八日から同四三年七月二九日までの四回に亘り肝機能検査のための採血をしていないというにあり、同人はそのような採血があつたことは覚えていない、はつきり記憶しない旨証言している。そして、同人は検察官に対し肝臓のため血液を検査するというようなことで採血されたことはない、との供述している。しかし、同人は肝臓の悪いことを自覚し、被告人からもその旨告げられたと証言していること、被告人作成に係る同人のカルテ(同号の18の30)には昭和四一年一二月六日の採血検査につき結果が記入されているから、少なくともこの分は採血されたと見ざるを得ないことは前判示のとおりであるし、同人は肝臓の悪いことを自覚し又被告人から告げられたと証言し、右カルテもこれにそう病名の記載があることからしても、その他にも肝機能検査をなす必要性があつたことからみてのみならず市民病院作成に係る同人のカルテ(同号の39)によれば、同人は昭和四三年七月二日同院でトリオソープ(甲状腺機能検査)のための採血がされているのであるが、これをも記憶にないと証言していることからみて、同人の証言に被告人作成の右カルテの検査の記載を覆す力を認めることはできない。

(31)  吉岡千恵子の事実

同人についての公訴事実の核心は昭和四二年一〇月二四日に肝機能検査のための採血をしていないというにあり、同人ははつきり覚えていないので採られたとも採られていないとも断言できない旨証言し検察官に対しては採血されたことはないと供述し、被告人作成に係る同人のカルテ(同号の18の31)にも検査結果の記載はない。しかしながら、同人は、捜査当時も採血の有無についてよく覚えていなかつた旨、また娘の頃肝臓が悪いとの自覚がある旨証言しているから採血されても不自然でないこと、その他右カルテに記載の病名、症状等考え併せると同人の証言や検察官に対する供述調書に右カルテ検査の記載を覆すだけの信憑力を認めることはできない。

(32)  井上哲也の事実

同人についての公訴事実の核心は、昭和四三年五月三〇日に肝機能検査のための採血をしていないというにあり、同人は同日のことははつきり覚えておらず、採られていないのでないかと証言している。

しかし、同人は被告人から肝臓が弱つていると告げられた旨証言していること、同僚の田村年久に連れられて被告人方に行つたが、田村は同人が採血されたのを目撃していること、被告人作成に係る同人のカルテ(同号の18の32)には結果の数値が記入されていることからみて右日時に採血されたことは疑うべくもない。

(33)  田中義弘の事実

同人に対する公訴事実についての核心は、昭和四一年二月四日、同年一二月一六日、同四二年六月二二日の三回に亘つて肝機能検査のための採血をしていないというにあるが、同人は日時は記憶しないが採血をされたようなことがあると思うと証言している。

もつとも、同人は検察官に対し、被告人に採血されたことはないと供述しているが、同人はその取調当時断定的な供述はしなかつたと証言しているうえ、同僚の田村年久が、同人が被告人から何回か採血されたこたことを目撃したと証言していること、被告人作成に係る同人のカルテ(同号の33)によれば同四一年一二月一六日の肝機能検査については結果の記入が見られ、これが信用すべきことは前判示のとおりであり、その数値、症状等から見てその前後に同様の検査を必要とすることが推認されること等に徴すれば、結果の記載のない公訴事実の検査をしたのではないかと認められ、これに反する同人の検察官に対する供述調書は措信できないものというべきである。

(34)  前田克美の事実

同人の公訴事実についての核心は、昭和四一年四月一三日、同年一一月八日、同四二年一月四日の三回に亘り肝機能検査のための採血をしていないというにあり、同人はそのような採血があつたかなかつたか全く忘れた旨証言している。

もつとも、同人は検察官に対し被告人方で血液検査のため血を採られた覚えはないという供述をしているが、採血の事実をはつきり覚えていないというだけで絶対ないと言い切つたわけでないこと、同人は同僚の田村年久としばしば被告人方に治療を受けに行き、同人が採血されるのを見たような記憶があると証言していること(証人田村年久の当公判廷における供述)、被告人作成に係る同人のカルテ(同号の18の34)によれば、起訴された三回の外に昭和四〇年一一月二五日、同四一年一月二五日、同年五月二八日、同年九月七日、同年一二月一〇日の六回に亘り採血した旨の記載があるが、昭和四一年一一月八日、同年一二月一〇日の分には結果が記入されているからその分は採血の事実を否定できないことは前判示のとおりであり、その症状等から見てその前後に検査を実施する必要のあつたことは当然推認される。

従つて同人の証言や検察官に対する供述調書に右カルテの検査の記載を覆すだけの信憑力を認めることはできない。

(35)  岡野泰の事実

同人についての公訴事実の核心は、昭和四三年六月一八日、同年八月二〇日の二回に肝機能検査のための採血を行つていないというにあり、同人は日にちははつきりしないがそのような採血の記憶がある旨証言している。

もつとも同人の検察官に対する供述調書では、被告人方で耳から採血されたことはあるが、その外には採血された記憶はないと供述しているが、右二回の採血の外に昭和三九年八月一日、同年九月一日、同年一〇月一五日、同四〇年一月二日、同年二月二一日、同年三月二三日、同年四月九日の七回にわたり肝機能検査のための採血が行なわれていることが被告人作成に係る同人のカルテ(同号の56)に明記されており同人はこの程度の回数の採血を受けた記憶がある旨証言しているし、右カルテによれば、右のうち昭和三九年九月一日、同四〇年四月九日の分は検査結果が記入されており、その後本件の検査がなされる必要性のあることは病状等から見ても明らかである。右検察官に対する供述調書の記載は信用できず、被告人作成に係る同人のカルテ(同号の18の35)の検査の記載の信用性を覆すことはできない。

(36)  大西将の事実

同人についての公訴事実の核心は、昭和四三年四月一二日に肝機能検査のための採血を行つていないというにあり、同人は採血されていないように思うが断言できない旨証言しているうえ、同人の検察官に対する供述調書ではいまだかつて採血されたような記憶はないと断定的な供述をし、被告人作成に係る同人のカルテ(同号の18の36)にも検査結果の記載はない。

また同人は被告人から肝臓が悪いと告げられたからその時検査されたように思うと、また検察官に対しては採血されてないと断定的な供述をしていないと証言していることを考えると、同人の証言や検察官に対する供述調書に右カルテの検査の記載を覆すだけの信憑力を認めることはできない。

(37)  内田昭の事実

同人の公訴事実の核心は、昭和四三年五月二七日に肝機能検査のための採血をしていないというにあり、同人は採血されたように思うがはつきりしない、採つて貰つた記憶の方がやや強いと証言し、被告人作成に係る同人のカルテ(同号の18の37)には検査結果の記載はない。

もつとも、同人は検察官に対し当時被告人に風邪で見てもらい風邪の注射ととんぷくを貰つたのみで肝臓が悪いようなことは告げられず採血されたことは全然ないと供述したようになつているが、同人はその調書の読み聞けを受けた際、検察官が一方的に録取したものと思つたこと、当日被告人方で血管注射を受けた記憶がある旨証言し、右カルテ(同号の18の37)に照らせばそれはチオクタンの静脈注射であると思われるのに検察官調書では風邪の注射(右カルテに照らせばメジコンの皮下注射と思われる。)のみしてもらつたとあり内容的に粗雑なものとなつていることを考えれば右検察官に対する供述調書は信用できない。

従つて同人の証言や右調書に右カルテの記載を覆すだけの信憑力を認めることはできない。

(38)  有田国雄の事実

同人の公訴事実についての核心は、昭和四三年五月七日、同年六月二四日の二回に肝機能検査のための採血をしていないというにあり、同人はその事実があつたかなかつたかはつきりした記憶はないと証言している。

もつとも同人は検察官に対し採血された記憶はない旨断言した供述をしている。

しかし、右調書は同人が昭和四三年四、五月頃から通院し始めたと録取しているが、同人の当公判廷での証言によれば昭和四一年から通院し始めたとあり被告人作成に係る同人のカルテ(同号の18の38)の記載と符合すること、また日赤第二内科で血液検査のための採血をされた記憶があると証言しているのにこれを否定した供述を録取しているなど全体として誤りが多い。のみならず、同人の右カルテによれば昭和四一年一二月一二日、同四三年五月七日にいずれも被告人方で肝機能検査をし、その結果が記入されているし、前者につき日赤作成の二重請求用のカルテ(同号の29)に検査報告書が貼付されているから、少なくとも右二回は採血の事実を否定できない。

従つて同人の証言や検察官に対する供述調書に被告人作成の右カルテの検査の記載を覆すだけの信憑力を認めることはできない。

(39)  西尾功の事実

同人に関する公訴事実の核心は、昭和四一年九月二二日に肝機能検査のための採血をしていないというにあり、同人はその折、血を採られていないような気がするとか、採血は同四五年七月に被告人方で生れて初めてした等と証言し、被告人作成に係る同人のカルテ(同号の18の39)には結果の記載は見られない。

しかし、その記憶は不安定であること、同人はかねてから肝臓の悪いことや、家族にも同病のものがいることを知つていたと証言していることからみて同人のカルテ(同号の18の39)の記載は信用に値するといえる。

(40)  湧本美千子の事実

同人についての公訴事実の核心は、昭和四二年五月二六日肝機能検査のための採血をしていないというにあり、同人は右の採血をされたことはないと言い切れると証言している。

しかし、同人は二〇年位前に灸を打ちに行き肝臓が悪いのでないかと質問したことがあるし、昭和四五年七月から日赤脳内科に通い肝機能検査のための採血を二、三回されたと証言するから、同人は肝機能検査のための採血をされても不自然ではない身体の持主である。のみならず日赤脳内科作成のカルテ(同号の19の1、2)によれば日赤で昭和四五年七月二一日、同年八月二五日、同年九月二二日、同年一一月一七日、同年一二月二三日の五回に同様の採血をうけているのにそれを公判廷では二、三回と証言していることからみて、同人の記憶は正確とは言い難い。しかも、被告人作成に係る同人のカルテ(同号の18の40)によれば、昭和四二年五月二六日の検査には結果の記入がされており、その信用性のあることは前示のとおりでつあて、右採血は否定できないところである。

従つて同人の証言をもつて被告人作成の右カルテの記載を覆すことはできない。

(41)  小坂こと戸井米子の事実

同人に関する公訴事実の核心は、昭和四二年五月一八日、同年六月一五日の二回肝機能検査のための採血をしていないというにあり、同人はその頃そのような採血をされたことがあり、その回数は一回ではないと証言している。

もつとも、同人は検察官に対し当時非常に疲れ以前肝臓を患つたことがあるので被告人方の治療を受けたことがあるが肝臓検査のための採血をされたことはないとの供述をしている。

しかし、これは、同人の思い違いであり、被告人方に行く前に博愛病院(後に第一病院と改称)に通院したことがあつて同院で採血されたものと思つて右の供述をしたが、その後自分自身腑に落ちない点があつたので同院に出向き問合わせたところ、そこでは採血されてないと告げられ、それでは被告人方で採血されたのと混同していたこと、ならびにその注射の時間がふつうの注射の場合より長かつたこと、注射針を抜いたあと黒い血が固つていたこと等を思い出した旨証言していて、検察官に対する供述より信用性が認められる。従つて、右カルテの検査の記載は信用できるというべきである。

第七、犯意について

一、第五の結論(殊に本件被告人作成カルテに肝臓機能の検査結果の記載ある事実を除くその余の事実について)が認められないとしても、被告人は、肝臓機能等の検査料等の報酬を詐取する犯意がなかつたことは当公判廷においては勿論、捜査の段階において強く否定しているので、この点について判断する。

(1)  第一乃至第六において検討したように、肝臓機能等の検査料等の報酬請求につき、被告人のみの請求がなされうる事由として、(イ)被告人がことさらに検査をしないでその報酬を請求した場合のほか、(ロ)被告人側の採血及び検査委託手続並びに検査結果聴取及び記載手続に過誤があつた場合、(ハ)日赤が検査料等の報酬請求をしなかつた場合、(ニ)日赤の検査受託手続、カルテ、検査結果報告書及びレセフト等の作成、保管手続並びに報酬請求手続に過誤のあつた場合、(ホ)捜査段階において被告人及び日赤の各作成に係るレセフト抽出手続及びこれを対照して被告人のみのレセフトを選別する手続に過誤があつた場合が考えられ、かかる事由の存在する疑いがあることは前判示のとおりであるが、(ロ)乃至(ホ)の過誤に基く場合には、被告人に検査料等の報酬を詐取する犯意があつたか否かはもとより問題とはならない。

(2)  本件被告人作成カルテに肝臓機能等の検査結果の記載があるものについては、被告人が検査のため採血し、これを日赤に対し検査の委任をなした蓋然性が甚だ強いことは第三、一、二、において判示のとおりである。したがつて公訴事実中別紙犯罪一覧表番号8、18、25乃至29、32、34乃至36、38、45、51、62、65、67、70、76、及び79事実については被告人に検査料を詐取する犯意のなかつた蓋然性もまた強いというべきである。

(3)  被告人が基金から受領した保険診療報酬の金額は、被告人の第一八回公判廷における供述によれば、昭和四〇年度に約一九九〇万円、同四一年度に約二五七〇万円、同四二年度に約二五四〇万円、同四三年度に約二九九〇万円もあつたのに比し本件で被告人が不正に受領したとして起訴されている報酬金は昭和四〇年度に一、三四六円、同四一年度に一二、四九〇円、同四二年度に二一、三三〇円、同四三年度に一三、二九六円、合計四八、四六二円という僅少であつて、被告人の職業、学歴、社会的地位、収入及び人柄(もつとも被告人の司法警察員に対する昭和四三年一二月一二日付供述調書によれば、被告人は日赤を野球賭博に関係したことを理由に退職したものであつて、全幅的に信頼がおけるものではないことが認められるが)に照らせば、かかる僅少の診療報酬の詐欺を企てることは著しく不自然、不合理であるといえる。

(4)  被告人方における診療体制が第二、一、(2)で述べたようなものであるから、本件犯罪を敢行するには被告人のみならず看護婦、事務員等の協力なしにはなし難いと思われるところこれを認めるに足る証拠は存在しない。

(5)  若し被告人に診療報酬を詐取する犯意があれば、肝臓機能等の検査をしなかつた場合にも、犯行発覚に備えて本件被告人作成カルテにその結果を記載することを考えたであろうに被告人はかかる挙に出ず、結局、検査結果の記載のないのは第二、一、(2)で判示のとおり医師としては著しく恣意的と認められる方法で結果を記入したか、被告人及び事務員の過誤によるものと思われる点が多分に認められる。

二、第一、三、(1)で認定したように、被告人に本件肝機能等の検査又は診療の報酬を詐取する犯意があつたとの疑いの存することは一応否定できないが、以上認定事実に照らせば、合理的疑いをさしはさまない程度に立証されたものとは認められない。

第八、結論

本件公訴事実は包括一罪として公訴が提起されたものと認められるところ、本件公訴事実はいずれにしても犯罪の証明がないというべきであるから、刑訴法第三三六条後段を適用して主文のとおり判決する。

(別紙略)

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